兵庫県議会議員で元弁護士の奥谷謙一さん。
奥谷謙一さんの家族はどんな人がいるのでしょうか?
これから奥谷謙一さんの家族を紹介したいと思います。
奥谷謙一は結婚してる?
兵庫県議会議員で弁護士の経歴を持つ奥谷謙一さん。
奥谷謙一さんのキャリアや経歴を考えれば、結婚してないのは意外ですよね。
今まで結婚しなかったのは、実家が裕福ではなかったのでしょうか?
奥谷謙一の実家の家族構成
奥谷謙一さんの実家の家族構成です。
- 父:奥谷通
- 母:奥谷美枝子
奥谷謙一さんには兄弟の情報がないため、一人っ子なようです。
これから奥谷謙一さんの両親を紹介したいと思います。
奥谷謙一の父:奥谷通
奥谷通は元実業家で政治家
- 読み方:おくたに とおる
- 生年月日:1951年10月7日
- 出身地:兵庫県神戸市兵庫区
- 職業:政治家
奥谷謙一さんの父・奥谷通さんは、元実業家で政治家として活躍していました。
奥谷通さんの父、奥谷謙一さんのお祖父さんは神戸不燃板工業元社長です。
御曹司の家系なので奥谷謙一さんは裕福な家庭だったのがわかります。
奥谷通さんは第25回国民体育大会、現在の国民スポーツ大会という国内最大のスポーツ大会の剣道で出場された過去があります。
文武両道なかたなのですね。
奥谷通の学歴
〒658-8501 兵庫県神戸市東灘区岡本8丁目9−1
奥谷通さんの学歴は
- 甲南中学校
- 甲南高等学校
- 甲南大学法学部
息子の奥谷謙一さんは父と同じ学校に通われていたようですね。
甲南中学校・高等学校は私立の難関校で、お金持ちの家庭の生徒が多いとの評判です。
甲南大学は、甲南高等学校の在籍性だから内部推薦で進学することができます。
奥谷通さん親子は、お坊ちゃまのレールで歩まれたようですね。
副社長から政界入りへ
奥谷通さんは甲南大学を卒業後、神戸大学環境工学研究室に勤務、その後は
- 原健三郎衆議院議員秘書
- 国土庁長官秘書
- 衆議院議長公設第一秘書
と政治の道へと進んでいくようになります。
1987年には父の奥谷謙三さんの会社・神戸不燃板工業の副社長に就任されました。
1991年には兵庫県議会議員に初当選、政界への道に入ることになります。
政治家になってからは自由民主党の山崎派(近未来政治研究会)に所属し、夫婦別姓制度導入に賛同し、例外的に夫婦の別姓を実現させる会にも賛同しました。
2002年には第1次小泉内閣で環境大臣政務官にまで昇りました。
2003年7月8日に肝不全で既に世を去られたとのことです。
奥谷謙一の母:奥谷美枝子
奥谷謙一さんの母親は奥谷美枝子さんです。
奥谷美枝子さんは奥谷通さんの再婚相手です。
奥谷通さんの前妻・奥谷禮子さんと離婚したのが1984年、奥谷謙一さんが生まれたのは1985年8月13日だから離婚してすぐ再婚されたようです。
奥谷美枝子さんの情報があまりないですが、奥谷謙一さんと現在2人暮らししているようです。
奥谷謙一の父の前妻は有名ドラマのモデル
- 本名:米澤禮子
- 著者名:奥谷礼子
- 生年月日:1950年4月3日
- 出身地:兵庫県神戸市
- 職業:実業家
奥谷謙一さんの父・奥谷通さんの前の奥さんである奥谷禮子さんはすごい人なのです。
奥谷禮子さんは、人材プロデュース会社『株式会社ザ・アール』の元会長で『CCCサポート&コンサルティング株式会社』代表取締役会長。
ほかにも『ウィル』社長を兼任、ローソンなどの社外取締役、政府の各種審議会委員を務めてきた凄腕の実業家です。
バリバリのビジネスウーマンですね。
奥谷通さんとの馴れ初めの詳細がありませんが、奥谷禮子さんも甲南大学出身なので、おそらく大学で知り合ったのではないかと考えられます。
奥谷禮子さんはあのドラマ『最高のオバハン』の中島ハルコのモデルになった人でもあるそうですよ。
また、作家の林真理子さんとは20年以上の友人関係だそうです。
さすが華麗なる人脈をお持ちですね。
今回は奥谷謙一さんの家族を紹介しました。
最後まで読んでいただきありがとうございました。